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最高裁判所第二小法廷 昭和26年(れ)67号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人福場吉夫の上告趣意は末尾添附のとおりである。

右上告趣意第一点について。

「互に暴行し合ういわゆる喧嘩は闘争者双方が攻撃及び防御をくり返えす一団の連続的闘争行為であるから、闘争のある瞬間においては闘争者の一方がもっぱら防御に終始し正当防衛を行う観を呈することがあっても闘争の全般から見ては刑法第三六条の正当防衛の観念を容れる余地がない場合がある」ことは当裁判所の判例の示すところである(昭和二三年(れ)第七三号同年七月七日大法廷判決)。そして本件で原判決の確定した事実は、被告人は劇場大正館で映画を観覧中鈴木茂から判示の如き事情のもとに呼出を受け、右鈴木の態度より同人が被告人に喧嘩を挑んで来るものであることを察知したにも拘らず、逃げるのも卑怯だと思い敢てこれを拒否することなく、同人に従って判示竜ケ崎区裁判所裏手にあたる路上に至ったが果して同人が被告人に対し因縁をつけて喧嘩を挑み、突如二回程被告人の顔面を殴打したが、鈴木の言語態度から同人が相当喧嘩に強い相手であることを気付き、匕首等を以って立ち向わなければ迚も同人に及ばぬものと思って居た被告人は右鈴木から殴られると矢庭に所携の匕首を同人の腹部目がけて突きさし、仍って同人に対し肝臓を貫通し膵臓部に達する刺創を負わせ因って同人をして出血の為死亡するに至らしめたというのであるから、被告人は喧嘩闘争となることを予想していたものであって、被告人の行為は全般の情況から見て右判例にいう正当防衛の観念を容れる余地のない場合にあたるものといわなければならない。してみれば、被告人の行為は正当防衛又は過剰防衛ということはできないと判示した原判決は正当であって論旨は理由がない。

同第二点について。

原判決がその摘示事実を所論竜ケ崎警察署勤務司法警察吏巡査部長古田土竹之介作成の昭和二二年四月三〇日附殺人被疑事件捜査報告書中の記載を他の証拠と総合して認定していること、然るに原審公判調書によれば右捜査報告書については原審において証拠調の手続がなされた事実の認められないことは所論のとおりである。しかし、原判決が右報告書の記載を証拠としたのは、専ら被害者鈴木茂の死亡した日時及び場所が判示のとおりである事実のみ認定するためであって、その他の判示事実には関連のないものであることは原判決自体に徴し明らかである。そして、傷害致死の罪において殺害者の死亡した日時場所は罪となるべき事実ではなく、従って適法に証拠調を経た証拠によってこれを認定しなければならないものではないのであるから、所論捜査報告書については証拠調の手続がなされていないからといって原判決破棄の理由とならない。所論引用の当裁判所判例は本件に適切ではない。論旨は理由がない。

よって、刑訴施行法第二条刑訴第四四六条に従って主文のとおり判決する。

右は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 谷村唯一郎)

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